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MPCプレイヤーと名乗るまで・第五章

予選の相手は熊井吾郎。
何度確認しても間違いない事実。

「マジで…?」
思ってる事が口に出てた。
確かに無敵のセットを用意してきたし、スキルも磨いてきた。「そこらのちょいと叩ける連中とは違うぜ」みたいな根拠無き自信はある。

でもいきなりラスボスと戦うのか。

優勝する意気込みはある。無きゃここに居ない。
だが冷静になると、本格的に叩き始めて一年も経ってないので何処かで自信を持ち切れなかったのも事実。

組み合わせでいい感じに勝てれば…。
ショボい奴に当たれば俺が目立んじゃ…。

頭の隅っこに仕舞い込んでいた小賢しい考えがいっぺんに引き摺り出されてくる。仕方ない。やり始めたばっかりなんだこっちは。

「本戦にも行かないで敗れる訳にはいかないぜ!これが決勝の気合いでやってやろうじゃねぇか!」

なんてカッコ良く腹を括れるほど俺は強くない。
いきなり有名人の餌食されるだとか、なんとかクジを引き直したいだとか、世の中やっぱり不公平だとか、そんな事ばかりが頭を駆け巡る。なんならどれかは口に出してたかも。
仕方ない。俺はヒーローじゃない。

大会の説明やらリハやら色々あった気がするが、この辺りは何も覚えてない。

テンションが一番下まで下がり切った所でオープンの時間を迎える。

試合が二つ目に差し掛かる頃にはもうフロアは満員。2階に吹き抜けになっているフロアを上から見下ろして様子を見渡す。同業者やラッパーの客が多く知ってる顔が沢山居た。とはいえ満員なのだから、当時としてはかなり注目されたイベントだったのだ。

ビートクッキングの方は順調に進む。STUTSは一回戦を勝ち抜いていた。あっちは何回戦か行って16人中2人まで絞るシビアなルール。
お題となったレコード、California Soulを王道的に調理して、フィンガードラムも交えたSTUTSらしいパフォーマンスだった。さすがだ。

その合間を縫うように行われるビートクロス。それが何回戦か進んでくると俺を含む知り合い達はにわかにザワめいた。

ビートクロス部門はパフォーマンスのバトル。
だからバシバシとMPCを叩き合う物だと思っていたが、この2010年度は生演奏するタイプのプレイヤーが少なかった。再生ボタンを押してビートを流すだけというスタイルのプレイヤーが、生演奏者達を次々と葬っていったのである。

「なんだよこれ…おかしいだろ!」
また一人で口に出して言ってる。

今にして思えば何もおかしくはない。例え生演奏の技術がすごくても、曲自体がカッコ良くなかったら負けなのである。超絶的な指捌きだけを誰もが期待する訳じゃない。それはあくまで添え物。カッコいい音楽が流れる事が重要だ。

MPCから出た音がかっこ良くて、酒を片手に指一本だけで声ネタを鳴らして挑発する姿がカッコ良くて、それを見た会場の人間が盛り上がればそれが正義なのである。実際そのスタイルで戦ったONE LOW氏は、その佇まいも含めて圧倒的にカッコいいパフォーマンスだった。現在アンダーグランドで主流になりつつあるSP404で曲を流すビートライブの先駆けだったとも取れる。

ビートクロス部門はパフォーマンスバトル。
生演奏しろなんてルールは無い。音楽そのものを使った戦いだったのだ。そこに気付けていなかった若造は大会のルールやオーディエンスに対しても文句を待ち散らす始末。

緊張と不安、いきなり予選で優勝候補と戦う羽目になった引きの悪さ、そして想像と違った展開。

この一年、この日のために頑張ってきたのに。

まだまだ血気盛んだった若造は、ピークに達し不安と不満を怒りと闘争心に変換。

どいつもこいつもくだらねえ演奏しやがって!全部ぶっ潰してやる!!

その矛先は対戦相手である熊井さんに全て向けられ、もはや憎しみに近い感情になっていた。
凄まじく迷惑な奴だ。

フロアの隅で一人勝手に闘争心を高めている間に大会は進み、最後の一個手前のブロックまできた。

ビートクッキング部門のSTUTSは、一回戦は勝ち抜いたものの二回戦で敗れてしまった。
無論STUTSもカッコよかったが勝負は時の運てやつもある。

あのSTUTSが…。
仲間が敗れたのを目の当たりにして一層緊張感が増す。

対戦を間近にした俺は、控え室で相棒の2000XLを胸に抱えてじっと座っていた。

フロアではゲストライブが始まっていてBIG JOE氏が歌っている。普段なら彼のLOST DOPEのビートが流れただけで大喜びでフロアに飛び出して合唱する所だが、そんな気にはならなかった。

もっとこう、凄腕のフィンガードラマーとかがドンドン勝ち抜けして、ちょいと勉強になりつつも「俺も負けてないぜ!俺のプレイを聴け!」みたいな熱いバイブスで戦えると思ってたのに。シンプルな日本語で言うとすげえガッカリ。

文句しか出ないモヤモヤに支配されていると、ふいに控え室に人が入って来た。

巨大なMPC4000を抱える熊井さんだった。

即座に睨めつけるように熊井さんが向かいの椅子に座るのを見届けた。
すると熊井さんが軽く会釈してくる。
こっちは精一杯無愛想に「…よろしくっす」と答える。

(オイオイ、MCバトルの控え室じゃもっとピリピリしてるもんだぜ…)

そう考えている俺に対して、熊井さんは気さくに話し掛けてくる。

「2000XLなんだ?」
「そうっすね…」
「結構、生で叩く感じ?」
「そりゃめっちゃ叩きますよ」
「そうなんだ(笑)いいね」
「あ…うぃす…」

あれ?

「今日はなんか、あんまり叩く人居ないよね。」
「そうですよね!去年みたいに叩き合いのバトルな感じ期待してたんすけど」
「だよね。じゃあお互いかまそうよ」
「うぃす!」

あれ!?なんかいい感じに諭されてる!

笑顔になってる!!

なんかほっこりしてる!!

せっかく高めた闘争心が!!怒りが….!!

そんなものは消えた。

怒りに満ちた状態で叩きつけるつもりが、なんだかやんわりな気持ちになった。

そりゃそうだ。

どんなに意地を張っていたって、この一年の間どんなタレントやアイドルよりも憧れていた人と、なんて事ない内容でも共通の話が出来るのは嬉しいのだ。

その時に気が付いた。本当の本当に期待してたのはこういう時間。
普段は滅多に会う事がない、同じような事をしてる先輩達とMPCの話をする時間。
そもそも好きでバトルしに来た訳じゃない。今日がバトルじゃなくて、ただただMPC使いが大勢集まっただけの普通のイベントだったらどんなに良かったか。楽しくライブするだけだったら、どんなに。
ただそのためにも、早く知名度を上げて沢山自分のライブを増やすためにも、戦って勝って目立つ。知ってもらうには直接観てもらうしかない。それしか方法を知らなかった。

熊井さんとちょこっと言葉を交わしてる間に、オーガナイザーであり司会のタクザコドナ氏がマイクを通して名前を呼んでくる。

叩き始めて半年のビートクロス部門最年少と、前回準優勝の猛者は、控室の低く階段に足を掛けてやたらと眩しいステージへ向かった。

to be cotinued

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