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MPCプレイヤーと名乗るまで・第六章

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気付かない内に客入りはピークに達している。フロアに入り切らない客達が吹き抜けの二階や階段の手すりに寄り掛かってステージを見下ろしてる。
200人ぐらい入ってたんじゃなかろうか。

初めて浴びる、暑くて眩しいブエノスのスポットライトに目を細めつつそんなフロアの様子を見回す。
まさか叩き始めて半年でこの人数を前に演奏する事になるとは思ってなかった。

ステージに置かれた腰ぐらいの高さの丸テーブルにMPCを置いてセッティングを始める。電源を入れてデータをロードする時、キーを打つ手がガクガク震えていた。心臓を打ち付ける鼓動が鬱陶しい。初めてクラブでDJした時、針を持つ手が震えてまともに落とせなかった事を思い出す。それなりに場数は踏んできたのに震えるのは、この場ではっきり優劣を付けられるようなステージは初めてだったからだろう。バトルMCやターンテーブリストはこんな気分なのかとも思った。

タクザコドナ氏がマイクで色々と話してるが俺は何も聴こえない。ヘッドホンで最終確認。今時間が止まって2年ぐらいこのまま練習してから戦いたい気分。

他のみんなはいいだろう。元々イケてる人達ばかりだ。今日負けた所でまた別の場所で見てもらって評価されるタイミングは直近でいくらでもありそうなもの。ステージの反対側で同じようにセッティングしてる熊井さんだってそうだ。

でも俺は違う。

こんな人数に見られるような機会は当分どころか二度と無いかもしれない。ここで負けてしまったらもう全部駄目になる事だって考えられる。
だから奇跡でも偶然でも、寿命を50年ぐらい削られても、1億ぐらい借金してでも、もはやイカサマでも八百長でもなんでもいいから今日だけ勝たせて欲しいマジで。

ものの3分ほど過ぎた所で準備時間は終わり、勿体つける事もなく即座にバトル開始の旨が伝えられる。

つまりはこの日最後の対戦が始まる。

先攻は俺だ。
まずは10秒の例をやる。
よれたプラスチックで出来たバンクAのボタンを陥没しそうな勢いで押す。

それとほぼ同時に、バトル開始をフロア中に伝えるためのホイッスルが、けたたましい音量でスピーカーから鳴った。

その瞬間。

ほんの一瞬だが、客達のざわめきも収まる。デカ箱に似合わない静寂。

フロアを見渡す。

今自分がパッドを叩かなければ何も音がしない空間でみんな俺を見てる。

支配者か何かにでもなったように錯覚する光景が、ほんの少しだけ背中を押す。

俺だってヒーローになりたい。

相棒に腕を振り下ろす。

まずZEEBRAのi’m still no.1からサンプルした「ヤバめワンツー即ブチかます!」という一節を鳴らす。ターンテルリストがワードプレイで対戦相手を指差したりするのに憧れていたので、自分もそのパフォーマンスをしてみた。そこから続け様にネタ繋がりでKRS-ONEのi’m still no.1ネタをちょこっと鳴らし、RUN DMCのSucker MC’sをカバーしたドラムを叩いた。

相棒のMPC2000XLで叩く自慢のドラムセットが、ブエノスに備え付けれたスピーカーから馬鹿デカい音で吐き出される。

俺のビートこんな感じで鳴るんだ…

オールドスクールなドラムラインがフロアのHIP HOPヘッズ達の首を揺らす。歓声を上げてくれてる人もいる。

すげー!!このままずっとやり続けたい!!

そう思った瞬間、ターン終了のホイッスルが鳴った。体感的にはまだ2,3秒だが既に10秒は終わってた。

冷や汗なのか暑さのせいなのか分からない水分が頭から吹き出す。
色々な感情がひっくり返って化学反応を起こす。
気づかない内に顔がニヤける。

(俺勝てるんじゃないか!?行けるぞこれ!)

そのニヤけた顔で熊井さんの方を見る。

一矢報いた、どころか俺の中では「知名度ゼロの俺がまさかの勝利を!」という希望さえ生まれていた。

この男さえ倒せば、今日は俺がヒーローだ。
その事実さえ与えてくれれば他に何もいらない。
本戦も優勝もなくていい。今日だけヒーローになれれば何も。

再びけたたましいホイッスルが鳴る。

次は後攻の熊井さんのターンだ。
熊井さんが巨大なMPC4000に腕を振り下ろす。

なんのネタを使ったのか、どういう曲だったか、まるで覚えてない。

ひとつだけ今でも鮮明に覚えているのは、最初に出した音一発で、俺は今日ヒーローにならない事を確信した事。

自分の音とはまるで比較にならない程デカく感じるビートが全身を貫いていく。まさしく一撃必殺。

3秒もした頃にはさっきまでの化学反応は瞬く間に分子構造を変え、絶頂気分が幻影に過ぎなかった事を証明するように消え去っていく。

「おぉう…」
多分すげぇとかカッケーとか言おうとした気がするけどそんな声しか出なかった。
会場はブチ上がり。

10秒が終わってホイッスルが鳴った。

あっけに取られていて少し出遅れる。
続いてこっちの20秒は初代ドラゴンボールのオープニングをチョップしたルーティン。飛び道具的なネタなのでイントロこそウケたが、演奏に入ると反応は微妙だった(自分の感覚では)。やはり音がショボい。
キックは心臓に届かず、スネアも抜けてこない。何なら軽く音が割れていた。
持って来たケーブルが安物なせい?いや、それよりもずっと手前の話。
つまりは「何がいい音なのか」の理解が全く足りてない。そもそも小箱以上の場所で自分の曲を鳴らした事すらない。シンプルに経験不足。
ただの面白おじさんみたいな20秒は終わった。

次の熊井さんのルーティンはGANGSTARRネタを連発するメドレーのような物だった。これはよく覚えてる。近い時期にGANGSTARRのGURUが亡くなっていた意味合いもあって当然会場はブチ上がり。

「もう駄目だな。」
と、口に出していた。

俺にとって最後のホイッスルが鳴り響く。

最後は40秒はSOUL SCREAMの「ひと夜のバカンス」ネタを使って、高速のドラムを打つ物だった。
ここで鳴らす音じゃない。これじゃ会場はロック出来ない。とにかくなんかもう色々間違ってる。間違ってる事だけ間違いない。
ほんのさっきまで思っていた、ずっと叩いていたいという感情など「そんな風に考えてた時期が俺にもありました」とばかりに綺麗さっぱり無くなってた。いわゆる頭が真っ白になるって奴の正反対。バリバリ意識明瞭に、全くイケてないプレイをしてる事がバッチリ理解出来る。絶対にフロアは見たくない。前を向いて演奏する練習すらしてきたが、ずっと下を向いて耐え忍ぶようにプレイした。

投げ出して、とっとと片付けて、一目散に帰りたくなるような、長い長い、本当に長い40秒は終わった。

ラストの熊井さんはJAY-ZのShow me what you gotネタで締め。激しいタム回しを中心としたドラムも壮絶だったが、何より音の鳴りが凄まじかった。全編通してそうだがクラブ映えのするサウンドだった。
雑な言い方だが、ネタ選びも含めて「分かってる人の音」というのがしっくり来る。それは小手先のスキルで簡単に覆るような差ではない。

全ての演奏が終わった。

「それではジャッジに入ります!」

タクザコドナ氏がオーディエンスに呼び掛ける。
それは俺にとって敗北を確かな物にするための言葉でしかない。

歓声のジャッジは先行の俺から。

友達を含む数人が声を上げてくれた。
俺が確認出来たのは2,3人だったが、その人達の顔は今でも忘れられない。
ああいう時に小人数の方に声を上げちゃった気恥ずかしさは重々承知してるから申し訳なかった。

そしてその数人を除く、その場の全員が熊井さんに声を上げて、俺のゴールドフィンガーズキッチン2009は幕を閉じた。

to be continued

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